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岡山地方裁判所 昭和46年(レ)9号 判決

控訴人

上田房子

代理人

河原太郎

河原昭文

菊池捷男

被控訴人

山足稔

代理人

秋田覚

主文

原判決中被控訴人の金四万五〇〇〇円に対する昭和四三年五月一日から同年六月二五日までの年五分の割合による金員の請求を認容した部分を取消し、被控訴人の右部分に関する反訴請求を棄却する。控訴人のその余の控訴を棄却する。訴訟費用は本訴反訴を通じ第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(控訴人)

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金五万三〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年一〇月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じ第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本訴請求原因

(不当利得金返還請求)

(一) 控訴人は先代河田久子が山足鈴四郎から笠岡市笠岡二、三五五番地の一一所在の家屋を期間の定めなく借受けていた地位を承継して賃借使用してきたが、昭和三七年七月一九日右山足鈴四郎の地位を承継した被控訴人から右家屋のうち既に明渡済みの部分を除いたその余の部分(以下係争部分という)につき昭和三六年一一月一九日になした正当事由に基づく解約申入れによつてその後六ケ月の経過とともに右賃貸借が終了したとして明渡を訴求され、その際併せて控訴人の長男上田元次も係争部分を控訴人と独立して占有しているとして所有権に基づき明渡を訴求され、第一審(岡山地方裁判所笠岡支部昭和三七年(ワ)第三〇号家屋明渡請求事件)で控訴人および上田元次ともに敗訴した。

控訴人および上田元次が右判決に対し控訴したところ、被控訴人も付帯控訴し、控訴人らに対し本件係争部分を権原なくして不法に占拠したことによる損害金として右賃貸借終了後である昭和四〇年九月一日から係争部分明渡済みに至るまで約定賃料と同額の月三〇〇〇円の割合による損害金の支払を求めた控訴審(広島高等裁判所岡山支部昭和四〇年(ネ)第一一八号、同四三年(ネ)第一五号家屋明渡請求控訴事件)において、被控訴人の上田元次に対する請求は同人が独立の占有を有しないとしていずれも棄却されたが、控訴人に対する係争部分の明渡請求および昭和四〇年九月一日から係争部分明渡済みに至るまで月一五〇〇円の割合による損害金の支払を求める請求はいずれも認容され、右判決は確定した。

(二) ところが前叙の如く本件係争部分の約定賃料は月額三〇〇〇円であつたため、被控訴人は昭和四三年三月八日、控訴人が岡山地方法務局笠岡支局に昭和四〇年九月分から同四二年一〇月分までの月三〇〇〇円の割合による賃料として供託していた合計七万八〇〇〇円の還付を受けて同期間の損害金にあてたが、さらに控訴人から昭和四三年三月一八日、同四二年一一月分から同四三年三月分までの月三〇〇〇円の割合による損害金として合計一万五〇〇〇円の支払を受け、ついで同年四月一四日、同月分の損害金として三〇〇〇円の支払を受け、控訴人は被控訴人に対し昭和四三年四月三〇日限り係争部分を明渡して返還した。

(三)1 しかしながら、前記期間の損害金は月一五〇〇円であるところ、前記(二)のとおり被控訴人は控訴人から月三〇〇〇円の割合による損害金の支払を得て差額合計四万八〇〇〇円を法律上の原因なくして不当に利得し、その結果控訴人に対して同額の損害を与えた。

2 被控訴人は前記期間の損害金として月額一五〇〇円の割合による金員を訴求し、前記勝訴の確定判決を得たものであるから、被控訴人が本件訴訟において、右損害金が月三〇〇〇円であると主張することは前記確定判決の既判力に抵触して許されない。

(貸金請求)

(四) 控訴人は被控訴人に対し昭和二二年一月一一日五〇〇〇円を弁済期六ケ月後の約定で貸渡した。

(結語)

(五) よつて控訴人は被控訴人に対し不当利得金四万八〇〇〇円および貸金五〇〇〇円合計五万三〇〇〇円およびこれに対する前者については訴状送達の翌日であり、後者については弁済期経過後である昭和四三年一〇月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

(不当利得金返還請求)

(一) 請求原因(一)、(二)の各事実をいずれも認める。

(二) 同(三)は争う。

1 被控訴人は控訴人に対し本件係争部分の賃貸借終了後明渡済みに至るまで約定賃料と同額の月三〇〇〇円の割合による損害金債権を有していたので、控訴人から同額の割合による損害金の支払をうけたからといつて、被控訴人がこれにより法律上の原因なくして控訴人主張の金額を不当に利得し、その結果控訴人に対し同額の損害を与えたとは言えない。

2 控訴審において、前記確定判決によつて認容された被控訴人の控訴人に対する損害金請求が月一五〇〇円の割合による金員の支払を求めるものと解されたのは、被控訴人が控訴人らに対し不法占拠による損害金を請求するにあたつて右損害金債務が連帯債務であることを主張しなかつたためであり、前記確定判決は爾余の月一五〇〇円の割合による損害金債権の不存在を確定したものではないから、右請求権の存否については前記確定判決の既判力は及ばない。

(貸金請求)

(三) 同(四)の事実を認める。

三  本訴抗弁

(不当利得金返還請求)

仮に前記確定判決の既判力のため残額損害金債権存在の主張が許されないならば、

(一) 控訴人は、被控訴人に対し月三〇〇〇円の割合による損害金を支払つた当時そのうち月一五〇〇円の割合による金員については支払義務のないことを知りながら、被控訴人から本件係争部分の明渡の猶予を得るため敢て抗争することなく被控訴人に支払つたものであるから、その返還を請求することはできない。

(二) 控訴人は、被控訴人の代理人秋田覚に対し昭和四三年三月分および四月分の損害金月三〇〇〇円宛を支払つた際、本件係争部分の明渡を猶予されたい旨申し出、本件損害金のうち月一五〇〇円の割合による損害金を超える部分について黙示の意思表示によりその返還請求権を放棄したものである。

(貸金請求)

(三) 被控訴人は、昭和三〇年二月二五日控訴人との間で成立した本件係争部分以外の部分の家屋明渡調停の際、控訴人に対する昭和二八年一〇月分から同三〇年二月分までの賃料債権合計四万四五〇〇円をもつて本件貸金債務五〇〇〇円と対当額において相殺した。

(四) 仮に右抗弁が認められないとしても控訴人の右貸金債権は弁済期である昭和二二年七月一一日から一〇年を経過した昭和三二年七月一一日の経過とともに時効により消滅したので、これを援用する。

四  本訴抗弁に対する認否

(一)  抗弁(一)、(二)、(三)の各事実をいずれも否認する。

(二)  同(四)は争う。

五  反訴請求原因

(損害賠債請求)

(一) 控訴人は被控訴人からの解約申入れによる賃貸借終了に伴い、昭和四三年四月三〇日限り被控訴人に対し本件係争部分を明渡して返還したが、賃借中に表九畳間の部分がもと板張りであつたものをほしいままに板張り、根太、上框等を撤去して低い板敷土間に改造したものであるから、右改造箇所を原状に復して返還すべき義務があるにもかかわらずこれを履行しないで返還した。

(二) その頃被控訴人は控訴人に対し右改造箇所を原状に復するよう催告し、併せてこれに応じないときは原状回復に必要な費用四万五〇〇〇円を支払うよう求めたが、控訴人がいずれにも応じないため被控訴人は右費用と同額の損害を受けた。

(三) よつて右損害金四万五〇〇〇円およびこれに対する本件係争部分明渡の翌日である昭和四三年五月一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  反訴請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実のうち、表九畳間部分がもと板張りであつたものを控訴人において板張り、根太、上框等を撤去して低い板敷土間に改造したこと、控訴人は昭和四三年四月三〇日本件係争部分を被控訴人に明渡して返還したが、その際右改造箇所を原状に復しないで返還したことを認め、その余の事実を否認する。

(二)  同(二)の事実のうち催告、条件付金員支払の請求があつたことおよびそれに控訴人が応じなかつたことを認める。

七  反訴抗弁

控訴人は被控訴人の先代山足鈴四郎から承諾を得て表九畳間敷部分の改造を行なつたもので、その際同人との間で併せて契約終了時右改造箇所を原状に復するには及ばないとの黙示の合意が成立していた。

八  反訴抗弁に対する認否

抗弁事実を否認する。

第三  証拠〈略〉

理由

第一本訴請求について

(不当利得金返還請求)

一請求原因(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがない。

以上のとおり本件係争部分の賃貸借契約終了当時における約定賃料は月額三〇〇〇円であつたから、これを不相当と目すべき特段の事情の認められない本件では、それを右係争部分の不法占拠による損害金とみるべきである。

そこで本訴において右損害金が月額三〇〇〇円であると主張することが前訴(広島高等裁判所岡山支部昭和四〇年(ネ)第一一八号、同四三年(ネ)第一五号家屋明渡請求控訴事件)の既判力にふれ許されないものであるか否かについて判断する。

成立に争いない甲第五号証および弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めうる。

前訴においては本件係争部分の賃貸借契約終了時における約定賃料が月額三〇〇〇円であることは当事者間に争いがなく、かつ右約定賃料を不相当とする特別の事情の主張立証がなかつたので、右金額をもつて右部分の不法占拠による損害金の額とすべきものと判断された。ところが被控訴人は請求原因においては控訴人とその長男上田元次が係争部分をいずれも権限なくして不法に占拠しているとしてそれが共同不法行為にあたり、被控訴人は控訴人に対し月三〇〇〇円の割合による損害金請求権があることを理由づける事実を主張しながら、請求の趣旨においては控訴人らに対し単純に月三〇〇〇円の割合による損害金の支払を求め、右損害金について各自ないし連帯支払を求めなかつたため、右請求は控訴人に対する関係では月一五〇〇円の割合による損害金の支払を求めているものと解され、前記損害金は右請求の限度において認容されることになつた。

以上のとおり認められ、他に右認定に反する証拠はない。

ところで前訴請求がその原因および趣旨からみて特定の債権の数量的一部についての請求であると認めうるときは、前訴において原告自らこれを全部請求であると主張して勝訴判決を得たものでない限り、後訴において右債権の爾余の部分の存在を主張することは前訴の確定判決の既判力に牴触しないものであると解すべきであるところ、前記認定事実によれば被控訴人は前訴において本件係争部分の不法占拠により控訴人は月三〇〇〇円の割合による損害金を支払うべき義務があることを主張したうえで控訴人に対しその半額の月一五〇〇円の割合による損害賠債の請求をしたと言いうるから、右請求は一個の債権の数量的一部についての請求であると認められ、したがつて本訴において右損害金が月額三〇〇〇円であると主張することは前訴確定判決の既判力に牴触しない。

そうであれば、控訴人が月額三〇〇〇円の割合による金員を被控訴人へ支払つたのは自己において支払うべき損害金債務を履行したにすぎないものというべきであり、被控訴人が法律上の原因なくして不当に四万八〇〇〇円を利得し、その結果控訴人に対し同額の損害を与えたということはできない。

よつて本訴不当利得金返還請求は被控訴人の抗弁について判断するまでもなく失当である。

(貸金請求)

二請求原因(四)の事実は当事者間に争いがない。

そこで抗弁(三)について検討するに、成立に争いない甲第一号証、前掲甲第五号証、原審被控訴本人尋問の結果およびこれによつて成立を認める乙第四号証を総合すると、同抗弁事実を認めることができ、右認定に反する原審(第一回)および当審各控訴本人尋問の結果はたやすく措信することができず、他に右認定に反する証拠はない。そうすると本訴貸金請求は被控訴人のその余の抗弁について判断するまでもなく失当である。

(結語)

三以上の次第で控訴人の本訴各請求はいずれも棄却を免れない。

第二反訴請求について

控訴人が被控訴人からの解約申入れによる賃貸借終了に伴い、昭和四三年四月三〇日被控訴人に対し本件係争部分を明渡して返還したこと、控訴人は右係争部分を賃借中表九畳間部分がもと板張りであつたものを、板張り、根太、上框等を撤去して低い板敷土間に改造したこと、右明渡返還に際して改造箇所を原状に復さなかつたことは当事者間に争いがない。

次に〈証拠〉を総合すると、被控訴人は控訴人が前記改造箇所を原状に復さないで本件係争部分を被控訴人に返還したため、大工正清実に依頼してこれを原状に復するに必要な費用を見積つてもらつたところ、それには四万五〇〇〇円を要するとのことであつた、而して被控訴人は昭和四三年六月一六日控訴人に対し書留内容証明郵便で催告書到達の日から七日の期間を定めて前記改造箇所を原状に復するように催告し、併せてこれに応じないときは原状回復に必要な費用四万五〇〇〇円を支払うよう求め、右催告書は遅くとも同月一八日には控訴人に到達した、しかし控訴人がいずれにも応じないため(以上催告に関する点は、催告書の発信と到達の日および催告に当つて履行期限を七日と定めたことを除いて当事者間に争いがない。)被控訴人においてその後前記正清美に依頼して改造箇所を原状に復したところ四万五〇〇〇円を要したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで抗弁について検討するに、〈証拠〉を総合すると、控訴人は営業上の必要から前記九畳間部分の改造を希望していたが、他方貸主である被控訴人先代山足鈴四郎は当時経済的に窮しており、もともと毎月支払の約束であつた賃料の前払を望んでいた、そこで控訴人は右訴外人に賃料の一年分を前払して右改造についての承諾を得たことを認め得なくもないが、このことのみから控訴人の原状回復義務を否定することはできず、さらに右各証拠によつてもその際同人との間で将来明渡に際して改造箇所を原状に復するに及ばないとの黙示の合意が成立したとは認め難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。同抗弁は採用できない。

したがつて、控訴人は被控訴人に対し改造箇所を原状に復するに必要な費用四万五〇〇〇円およびこれに対する前記催告書が控訴人に到達した昭和四三年六月一八日から七日の催告期間を経過した同月二六日以降民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて被控訴人の本件請求は右の限度でこれを認容すべきである。

第三結論

原判決中被控訴人の金四万五〇〇〇円に対する昭和四三年五月一日から同年六月二五日までの年五分の割合による金員の請求を認容した部分は失当であるから取消し、右部分に関する被控訴人の反訴請求を棄却し、その余の部分は結論において相当であるからこれに対する控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(中原恒雄 松尾政行 渡辺温)

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